従業員満足 2026.1.12 いきいき組織紹介~株式会社陣屋様改革を成し遂げた老舗旅館に学ぶ(1)「お客さまの物語の名脇役」としていきいき働く #EBITDA #クレド #サービス・クオリティ #事業承継 #内発的動機づけ #従業員満足 #旅館DX #日本サービス大賞 #顧客満足 【カンパニープロフィール】 1918年(大正7年)創業。旅館「鶴巻温泉 元湯陣屋」を運営。旅館DXと働き方改革で2018年に第2回日本サービス大賞「総務大臣賞」受賞。現在では陣屋グループとして、宿泊業向けクラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」の開発、販売、サポート、新たなコンセプトの旅館「緑屋ブランド」の全国展開、ITソリューションの範囲を地域の観光活性化まで拡大させた「里山コネクト」の展開など、その事業領域を拡大させている。売上高約5億2,500万円(2024年12月期)(※)、従業員数46名(正社員22名、パート24名)。 ※陣屋グループ全体の売上高は約11億円(2024年12月期) 《コンセプト》 「物語に息吹を。」「旅館を憧れの職業に」 目次1.数々の改革を断行してきた老舗旅館2.旅館DXで存続の危機からの立て直しに成功した陣屋グループ3.お客さまと従業員の感動エピソード4.「お客さまの物語の、名脇役であれ」(1)具体的な名前がお客さまの思い出に残るようなサービス(2)お客さまの物語の名脇役として働く喜び(3)来館後も続くお客さまとの交流(4)お客さまにとって居心地が良い柔和さ5.高いCS(顧客満足)・ES(従業員満足)・Profit(利益)を生む経営(1)CS(顧客満足)とES(従業員満足)の好循環形成(2)高いCS(顧客満足)・ES(従業員満足)・Profit(利益)を生む「仕組み」づくり 1.数々の改革を断行してきた老舗旅館 新宿から小田急線で約1時間の鶴巻温泉駅に立地する老舗旅館「鶴巻温泉 元湯陣屋」。 2009年に現在の経営体制となって以来、数々の改革を断行し、さまざまなメディアから注目を集めてきました。 存続の危機にあった旅館経営の事業承継・経営立て直し Salesforce(セールスフォース)をベースに、旅館業に特化したクラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」を自社開発し、業務改革を実現(旅館DX) 旅館業における働き方改革の推進(休館日の設定による週休制の導入、現在は週休3日制を実現) 2018年には、旅館DXと働き方改革が評価され、第2回日本サービス大賞(※)「総務大臣賞」受賞しました。選考理由は以下のとおりです。 ■サービス名 旅館・ホテル経営をITの力で改革する「陣屋コネクト」 ■選考理由 倒産の危機を、自社開発のクラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」で打開。旅館業務に必要な機能を網羅し、業務効率化や情報共有、経営情報の一元管理を可能とした。勘と経験に依存しがちな旅館サービスにおいて、ICTの有効活用により、サービスの質と労働生産性の向上を実現。陣屋コネクトは300超の他社施設にも提供。各旅館の個性を保ちながら経営改革を支援し、地域観光の価値向上と雇用の創出に貢献している。旅館同士のリソースの融通にも取り組む。 (出所)日本サービス大賞HP ※日本サービス大賞 2015年創設。主催はサービス産業生産性協議会(SPRING)、事務局は公益財団法人日本生産性本部。優れたサービス、革新的なサービスを表彰する制度であり、一次審査(書類審査)、二次審査(現地審査)、最終選考会を経て受賞者が決定される。現時点(2025年7月)で第4回まで表彰され、第5回の応募受付が終了。 本記事では陣屋の組織づくり・人づくりに注目したいと思います。今回、代表取締役女将(※)の宮崎 知子さん、予約・フロント主任の本田有希子さん、接客主任の紺野 愛子さんの3名にインタビューし、4回に分けて老舗旅館の“いきいき”を掘り下げたいと思います。 ※宮崎さんは株式会社陣屋コネクトの代表取締役CEO、株式会社陣屋ホールディングストの代表取締役、株式会社別所温泉緑屋の代表取締役会長、株式会社湯村温泉緑屋の代表取締役会長等も務める。 第1回は、「お客さまの物語の、名脇役であれ」というクレド(行動指針)を踏まえて、「名脇役」としていきいきと働く従業員の姿と、それを生み出す経営の仕組みを紹介していきます。 〈インタビューへのご協力〉 株式会社陣屋 代表取締役 女将 宮崎 知子さん(画像左側) 株式会社陣屋 予約・フロント主任 本田 有希子さん(画像右側) 株式会社陣屋 接客主任 紺野 愛子さん(画像中央) 2.旅館DXで存続の危機からの立て直しに成功した陣屋グループ 1918年(大正7年)創業の「鶴巻温泉 元湯陣屋」。新1万坪の庭園内に、18の客室とレストラン・宴会場など6つの会場を構え、貴賓室「松風」では、囲碁・将棋の対局を昭和初期から計300局以上実施されるなど、歴史と伝統を誇る老舗旅館として知られていました。 しかしながら、バブル崩壊の頃から鶴巻温泉のにぎわいに陰りが見えるようになり、廃業に追い込まれる旅館が続出するようになります。陣屋でも売上の減少傾向が続いていました。 2009年、その老舗旅館の事業承継をしたのが、宮崎富夫さん・知子さん夫妻でした。陣屋は富夫さんの実家でした。4代目社長(※)に就任した富夫さんは、それまでは株式会社本田技術研究所(ホンダの研究開発部門)のエンジニアとして働いており、4代目の女将となった知子さんも当時は出産直後の二児の母でした。そのような旅館業未経験の夫妻が予期せぬかたちで陣屋の事業を承継することとなりました。 ※現在の株式会社陣屋は知子さんが代表取締役女将を務め、富夫さんは陣屋を含む陣屋グループのオーナーというポジション。 しかもリーマンショックの影響もあり、事業承継時の陣屋はEBITDA(税引前当期利益)がマイナス6千万円という赤字経営であり、10億円の借入金も抱えている状態で存続の危機に直面していました。 短期間での経営の立て直しが求められるなかで、若い経営者夫妻は高付加価値化への方向転換を決断しました。その実現手段として、クラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」を自社開発し、陣屋コネクトをベースとしたサービス・業務改革に着手しました。その結果、事業承継からわずか3年で黒字化することに成功しました。 2012年にはシステム部門を株式会社陣屋コネクトとして分社化し、他施設への「陣屋コネクト」の販売・サポートを開始します。その導入実績は現時点で600施設を超えています。現在では「旅館運営」と「DX・IT事業」が陣屋グループの事業の二本柱となっています。 旅館運営では、「鶴巻温泉 元湯陣屋」以外に、新たなコンセプトの「緑屋ブランド」の全国展開を行い、DX・IT事業では、宿泊業以外にも活用範囲を拡大した「里山コネクト」などのサービスを提供しています。 現在の陣屋グループのビジネス領域 (出所)陣屋グループ公式サイト また、従業員満足の向上のための働き方改革の推進でも知られ、2014年には休館日の設定と週休1.5日制を採用し、2018年からは旅館では異例の週休3日制を導入しました。 3.お客さまと従業員の感動エピソード 陣屋の従業員がいきいき働いている様子は、本田さんが披露してくれたお客さまとの感動エピソードに集約されていると思います。 「そのお客さまが初めてお越しいただいたとき、私は入社1年目でその場の対応でいっぱいいっぱいだったのですが、お客さまは私のこと覚えてくださっていて、手紙を後日いただきました。実は、そのお客さまは同じ接客をお仕事にされている方で、来館時はご懐妊中でした。手紙には『同じ仕事をしている仲間としてすごく感動しました』と書いてあり、本当に嬉しく思いました。その手紙は今でも大切に保管しています」(本田さん) このお客さまとの物語は続きます。 「その後、そのお客さまにお嬢様が生まれ、2回目の来館時には二人でお越しいただきました。さらに3回目の来館時にそのお嬢様が私のことを覚えていてくれて、私も一緒に成長を見守っているような気持ちになりました」(本田さん) そして、4回目のご来館時に感動のクライマックスを迎えます。 「4回目はお祖母様、お母様、お嬢様の三人で、お祖母様の誕生日のお祝いとしてお越しいただきました。お嬢様は幼稚園児になっており、『おばあちゃんに何かプレゼントしたいんだけど、何かあるかなぁ』と相談を受けました。花束などを事前に依頼されていたわけではなかったのですが、『じゃあ最近幼稚園で何かやっていることある?』と尋ねたら、『折り紙が好き』とお嬢様が答えたので、『じゃあ折り紙で花を折ろうか』ということになりました。フロントで私とお母様、お嬢様の三人で花を折り、そこにメッセージを添えてお祖母様にプレゼントしました。お祖母様は感激の涙を流していましたし、お嬢様も嬉しそうにしていました。そのときの感動を今でも忘れません」(本田さん) そのときの感動を思い起こし、ハンカチで目頭を押さえながらエピソードを話している本田さんの姿がとても印象的でした。 4.「お客さまの物語の、名脇役であれ」 (1)具体的な名前がお客さまの思い出に残るようなサービス こうした感動エピソードが陣屋で生まれる背景は、陣屋グループには「お客さまの物語の、名脇役であれ」というクレド(行動指針)があり、それが従業員に浸透していることが挙げられます。 ※クレドを含む陣屋グループの理念については、第2回で詳しく取り上げます。 このクレドについて、女将の宮崎さんに解説してもらいました。 「『お客さまの物語の、名脇役であれ』は、お客さまの人生という小説の中で、私たちはそれ(お客さまの人生)を彩るための脇役になる、というものです。ただ『旅行に行ってきました』という日記の一部ではなくて、『旅行で陣屋に行きました。接客係の本田さんが、こんな話をしながら部屋まで案内してくれました』という肉付けが、具体的に出るような役割を果たすという指針です。やはりお客さまの思い出に残らないと、私たちは生きていけないんですよね。なので、それがちゃんと実行できるようになろう、という意味合いが含まれています」(宮崎さん) (2)お客さまの物語の名脇役として働く喜び お客さまの物語の名脇役として働く喜びについて、主にレストランで働く紺野さんに語ってもらいました。 「もともと美味しいお料理なので、別にスタッフが何かを言わなくても、それはそれで美味しく喜んでくださるのですが、脇役として、お食事の時間がより良くなるように、さりげない言葉を探して、お伝えするように努めています。自分で気に入った言葉を使ってお料理を説明し、お客さまがそれに反応して喜んでいる姿を見ることができたときは嬉しいですし、楽しいですね」(紺野さん) 初回訪問の一人客への配慮も印象的でした。 「二人以上で来ているお客さまだと、会話の様子を見れば、料理のどこのポイントで盛り上がっているのかということが、こちらもわかります。一方、一人のお客さまが食事を淡々とされている場合、それがわかりません。スタッフと特にしゃべらず、お料理のサービスだけで終わったりすると、記憶に残らず忘れられてしまいます。一方、スタッフと何かしら会話をすると、あの人(スタッフ)がいたあそこかって記憶に残りやすいので、お客さまの迷惑にならないように配慮しつつ、『気に入ったお料理はありましたか』『今日は温泉に来られたのですか』のように、少しずつ話しかけるようにしています。話をすることで、お客さまの顔の筋肉も動いて、少し笑顔になってくれたら、それは良い記憶に変わっていくと思うので、そういう姿を見ると喜びを感じます」(紺野さん) 迷惑にならないように、少しずつ話しかけるというスタンスに、奥ゆかしさを感じます。 (3)来館後も続くお客さまとの交流 お客さまとスタッフの心の交流は、来館後も続きます。本田さんが語ってくれました。 「お客さまの声として、アンケートにご協力いただいていますが、メールをくださるお客さまもいます。さらに感動したお客さまは、ハガキや電話をわざわざくださる方もいらっしゃいます。ハガキの場合、こちらからもハガキでお返事を書きます。文通というと大袈裟かもしれませんが、『蛍の時期よね』『そうですね、今、このぐらい飛んでいますよ』のようなやりとりをしています」(本田さん) 「私の場合、休館日の電話対応もしていますが、『休館日なんだけど、電話しちゃった』と言いながら、『すごく楽しかったから、また行きたいわ』というお電話をいただくこともあります」(本田さん) (4)お客さまにとって居心地が良い柔和さ 若手スタッフの柔和なところが、お客さまにとって居心地の良さにつながっている面もあると、宮崎さんは言います。 「お年を召したお客さまが、『ここのスタッフさんは距離感もいいし、私たちを餌にしていない』という言葉をおっしゃっていたのが、とても印象に残っています。『私たちを餌にしていない』というのは、(他の施設で)スタッフにドリンクなどでノルマやインセンティブがあったりすると、スタッフが自分の損得のために、ドリンクを売り込んでくることもあるそうです。そのお客さまは『私にドリンクを売り込みに来たなっていうのを感じてしまう。私はそれが苦手でね。でもここ(陣屋)のスタッフさんがドリンクを勧めてくれるときは、この食事に合うからという気持ちで勧めている、というのが伝わってくる。それが私にとって居心地が良い』とおっしゃってくれました」(宮崎さん) 5.高いCS(顧客満足)・ES(従業員満足)・Profit(利益)を生む経営 陣屋グループでは、高いCS(顧客満足)・ES(従業員満足)・Profit(利益)を生む経営を掲げ、それを実現させています。 (1)CS(顧客満足)とES(従業員満足)の好循環形成 3,4で紹介したエピソードからも、陣屋ではお客さまの満足度(顧客満足度:CS)と従業員の満足度(ES)の好循環が形成されていることが窺えます。 陣屋のクレド(行動指針)の1つが「アドリブを効かせよう」であり、接客スタッフが、その場の状況やお客さまの反応を考慮しながら、臨機応変に対応する行動を重視しています。この従業員のアドリブ的行動が「クレドで決まっているから」という「外発的動機づけ」に基づくものではなく、従業員が内面から「お客さまに喜んでもらいたい」と考える「内発的動機づけ」(※)に基づくものである点がポイントだと思います。 ※「内発的動機づけ」 「楽しみたい」「やりたい」といった、個人の内的な欲求が自発的な行動を引き起こすモチベーションをさす。報酬や評価、罰則や懲罰といった、外部からの働きかけによるモチベーションである「外発的動機づけ」と対比される。アメリカの心理学者エドワード・デシが1970年代に提唱した。 すなわち、従業員が「お客さまに喜んでもらいたい」というアドリブ的行動を起こすことが、顧客満足(CS)の向上につながり、喜ぶお客さまの反応を見たり、聞いたりすることが、自らの従業員満足(ES)の向上にもつながるというものです。 (2)高いCS(顧客満足)・ES(従業員満足)・Profit(利益)を生む「仕組み」づくり ここで忘れてはいけないのは、従業員のアドリブ的行動等のサービス・クオリティを支えるものとして、旅館DXのシステム(陣屋コネクト)による業務効率化や情報共有、従業員の心身の健康を維持する週休3日制、スタッフ同士が互いに助け合いを行いやすいマルチタスク(※)といった「仕組み」がある点です。 ※マルチタスク 1人の従業員が複数の業務をこなすことをさす。旅館業では生産性向上のために、従来の分業制からマルチタスクへシフトする動きが見られる。 こうした仕組みがあるからこそ、従業員がクレドに沿った行動を確保でき、お客さまの物語の名脇役となることができ、「物語に息吹を。」「旅館を憧れの職業に」というコンセプトを実現できるのです。 仕組みを構築する強さについて、宮崎さんが説明してくれました。 「うちの顧客台帳はストック型(DX化によるデータ蓄積・共有)なので、従業員一人一人が気づいたお客さまの好み、特徴をシステムに入力しておきます。たとえば、徳利(とっくり)やお酒が好きな方がいらっしゃると、『あの切子の徳利が好き』のように入力しておきます。なので、次回以降に日本酒を頼まれたときは、一杯目は必ずその徳利で持っていこうと。バカラの器が好きな方は、必ずバカラで持っていこうといった対応が可能です。また、ご来館いただいた時に自分が休んでいたとしても、他の従業員がシステムでお客さまの情報を共有することで、サービス・クオリティを維持できます」(宮崎さん) 「一回きりの『やった』という喜びだけではなくて、私たちはサービス・クオリティの階段を上がっていかなければなりません。まぐれの一発では困るので、システムで情報共有の仕組みを確保しておくことが大切なんです」(宮崎さん) 以上、第1回では陣屋グループの歩みを確認したうえで、陣屋の従業員のいきいきや、そのいきいきを支える仕組みについて確認しました。第2回では、陣屋の理念(コンセプト、クレド)を掘り下げたいと思います。 旅館DXは第3回、週休3日制は第4回で取り上げる予定です。 第2回に続く