適応課題 2025.9.15 いきいき組織づくりのキーワード 「適応課題(正解がわからない問題に対応する)」 #タッチポイント #内発的動機づけ #感動体験 #知的資産 #裁量権 キーワードから「いきいき組織づくり」を考えるシリーズ。今回のキーワードは「適応課題」です。 目次1.組織・人のマネジメント問題の見方1-1. 問題の打ち手は妥当なものか?1-2. 見えやすい問題と見えない問題1-3. 正解がわかっている問題/わからない問題2.「適応課題」と向き合う2-1. 「技術的問題」と「適応課題」2-2. 「技術的問題」と「適応課題」の比較2-3. 適応課題への対応の失敗事例2-4. 適応課題に向き合わない要因3.適応課題の認識方法4.適応課題の解決支援 1.組織・人のマネジメント問題の見方 1-1. 問題の打ち手は妥当なものか? 「社員のモチベーションが低い」「離職率が高い」「部門間の連携が悪い」。こうした悩みを持つ中小企業の経営者は少なくありません。 これらの悩み(問題)に対して、以下のような打ち手を検討した場合、うまく解決につながるでしょうか。 いずれの打ち手も問題に対する解決策として、一定の妥当性があるように思われるかもしれません。 問いを変えてみましょう。上記の悩みはいずれも組織・社員の行動変容を求めるものです。一方、その打ち手はいずれも制度、ルール、ツールで行動変容させようとする方策です。その場合、制度、ルール、ツールの変更・導入だけで、組織・社員の行動は変容するのでしょうか? このように問うと、「上記の対応策だけでは表層的であり、より踏み込んだ抜本的な対応が必要である」と感じる方もいるのではないでしょうか。 1-2. 見えやすい問題と見えない問題 ここまでの話を氷山のイメージ(氷山モデル)で説明します。 企業で望ましくない現象(問題)が顕在化したとき、それを引き起こしている要因があります。氷山モデルで説明すれば、現象を引き起こす要因は水面下にあります。 さらに、その要因は「見えやすい問題(気づきやすい問題)」と「見えない問題(気づきづらい問題)」に大別できます。氷山モデルであれば、「見えやすい問題」は水深が浅いので見えやすく、「見えない問題」は水深が深いので見えないと説明できます。 たとえば、「若手社員の離職率が高い」という現象が顕在化した場合、その要因を「上司と部下のコミュニケーション量」に求めれば、「上司と部下のコミュニケーション不足」という問題として認識します。 ただし、「上司と部下のコミュニケーション不足」の背景には、「上司と部下の信頼関係の不足」「若手社員の仕事に対するやりがいの低下」といった、より根深い要因が潜んでいるかもしれません。その場合、「上司と部下のコミュニケーション不足」は見えやすい問題、「上司と部下の信頼関係の不足」「若手社員の仕事に対するやりがいの不足」は見えない問題と説明できます。 このように見えない問題が存在する状態で、「上司と部下のコミュニケーション不足」という見えやすい問題に焦点を当てた打ち手を講じても問題が解決しません。1-1の2番目の問いから「より踏み込んだ抜本的な対応が必要である」と感じた方は、見えている問題の背後にある見えない問題の存在を意識したのではないでしょうか。 組織・人のマネジメントの問題を扱う場合、見えない問題を意識せず、見えやすい問題に焦点を当ててアプローチしがちです。これが問題解決を阻む要因となっています。 1-3. 正解がわかっている問題/わからない問題 組織・人のマネジメント問題を別の視点から考えてみましょう。 VUCA時代と呼ばれる今日、先行きが不透明で、将来の予測が困難な状況で、企業のビジネスは「何をやれば正解なのか」が事前には見えづらくなっています。 組織・人のマネジメントも同様で、問題が複雑・曖昧で従来のやり方(正解)が通用せず、新しいやり方を模索しなければならい状況が多くなっています。 すなわち、「正解がわかっている問題」ではなく、試行錯誤しながら正解を考えることでしか解決しない「正解がわからない問題」への対応が求められる時代となっています。 当然ながら、「正解がわかっている問題」以上に「正解がわからない問題」は、その解決のハードルが上がります。 2.「適応課題」と向き合う 2-1. 「技術的問題」と「適応課題」 ここまで組織・人のマネジメント問題を「見えやすい問題/見えない問題」、「正解がわかっている問題/正解がわからない問題」という2つの視点から説明してきました。 これらの問題を整理するのに、ハーバード大学ケネディスクールの名物教授で、独自でリーダーシップ理論で知られるロナルド・ハイフェッツが論じた「技術的問題」「適応課題」という考え方が役立ちます。 ハイフェッツは、組織が向き合っている問題が「適応課題」であるにもかかわらず、それを「技術的問題」として扱ってしまうために、その解決に失敗すると指摘しています。 「組織が適応課題をしっかり認識し、目を背けずにその解決を図る」。これこそが今回の話で最も伝えたい点です。 2-2. 「技術的問題」と「適応課題」の比較 「適応課題」の理解を深めるために、「技術的問題」の違いをわかりやすく整理します。 技術的問題(Technical Problems) 適応課題(Adaptive Challenges) 問題の性質 既知の明確な問題(正解がわかる) 未知の複雑・曖昧な問題(答えがわからない) 問題の認識 見えやすい(認識しやすい)問題 見えない(認識しづらい)問題 解決へのアプローチ 正解どおりに行動する(正しいやり方をする) 試行錯誤しながら答えを考える(答えを模索する) 解決方法 制度、ルール、ツール等を用いた行動パターンの改善で対応可能 行動の背景にある価値観・信念・構造の変容が必要 解決の担い手 専門家・リーダー(正しいやり方を組織メンバーに伝える・教える) 当事者である組織メンバー(メンバー一人ひとりが自身の内面を変容させながら、答えを模索する) リーダーの役割 メンバーが正しく行動するように管理する メンバーと一緒に正解を考えるメンバーの行動変容を支援する 解決スパン 短期的な改善・対処 中長期的な変容・適応 2-3. 適応課題への対応の失敗事例 適応課題への対応の失敗を事例で確認しましょう。 心理的安全性の欠如 上司と部下間のコミュニケーションが指示・命令と報告に偏っており、自由に発言しづらい雰囲気が醸成されていた。そうした中で「挑戦しても失敗すれば責められるかもしれない」と考える社員が大半であった。 経営理念の形骸化 経営理念にも「挑戦」が掲げられていたが、理念と日常業務と結びついておらず、理念が社員の挑戦の羅針盤として機能していなかった。このため、社員はどのような挑戦を期待されているのかが、よくわからなかった。 このように、「適応課題を認識できず、技術的問題として解決しようとするがうまくいかない」というのは組織・人の問題解決の典型的な失敗パターンです。 2-4. 適応課題に向き合わない要因 経営者やリーダーが適応課題に向き合わず、技術的問題として扱ってしまう要因を3つ挙げておきます。 (1)意識的に掘り下げ、鮮明にしないと認識できない 適応課題は問題が複雑かつ曖昧(=不明瞭)であり、それを認識するためには、意識的に曖昧なものを鮮明にしていく必要があります。一方、技術的問題は既知の明確な問題であるため、適応課題と比較して容易に問題を想起できます。このため、容易に想起できる技術的問題として扱ってしまいがちになると考えられます。これには認知バイアスの一種である「利用可能性ヒューリスティック(※)」が影響しているかもしれません。 ※利用可能性ヒューリスティック 容易に想起できる情報や記憶に基づいて判断を下すという心理傾向。 (2)「痛みを伴う変化」を前提とするため、無意識に避けようとする 適応課題の解決には、多くの場合、価値観・信念など人の内面的な変容を伴います。そのため、その解決プロセスにおいて、不安・抵抗・混乱が当時者に生じるおそれがあり、「痛みを伴う変化」を前提とします。経営者やリーダーの立場で考えると、「痛みを伴う変化はできれば避けたい」という思いがどこかにあり、無意識に適応課題を避けて、技術的問題として扱うようになっているのかもしれません。 (3)解決に労力・時間がかかるため、後回しにしてしまう 問題解決のやり方を比較すると、技術的問題は「専門家やリーダーが正しいやり方を組織メンバーに伝える・教える」、適応課題は「組織メンバー一人ひとりが自身の内面を変容させながら、答えを模索する」と説明できます。すなわち、適応課題の解決は、技術的問題以上に難易度が高く、多大な労力が求められます。 また、解決スパンで比較すると、技術的問題は「短期的な改善・対処」、適応課題は「中長期的な変容・適応」と説明できます。 このように、適応課題を解決するためには、技術的問題以上の労力・時間が必要となります。このため、経営者が業績など短期的視点を重視しすぎると、ついつい適応課題の扱いが後回しになってしまいます。 3.適応課題の認識方法 適応課題に対応するためには、まず適応課題をしっかり認識する必要があります。適応課題を適切に認識するための具体的方策を2つ挙げておきます。 (1)問題の「本質」を探究する 問題の原因を究明するためには、「なぜこの事象が起きたのか」という問いかけを行う必要がありますが、それを行動レベルの掘り下げで終えてしまうと技術的問題になってしまいます。適応課題を認識するためには、「その行動の背景には何があるのか」のようにもう一歩踏み込んだ探究が必要になります。問題の「本質」を探究するという言い方もできるでしょう。 その際、「本質(背景)」を探るためには、具体的事象(行動)から少し抽象的事象を発想する必要があります。その意味では、「なぜ」よりも「そもそも」という問いかけのほうが発想しやすいかもしれません。 (2)「不都合な現実」に光を当てる仕掛けをつくる 適応課題という複雑・曖昧で見えない問題を可視化するためには、経営者やリーダーが普段はなかなか可視化されない「不都合な現実」に積極的に目を向ける必要があります。例えば、経営者と現場の定期的な対話機会、全社的なサーベイやヒアリングの実施、外部ファシリテーターによるワークショップ開催(普段は言いづらい社内の問題を話し合う)等の取り組みが考えられます。 4.適応課題の解決支援 続いて、適応課題の解決方法です。適応課題を解決するためには、当事者である組織メンバーが自身の内面を変容させながら、答えを模索していく必要があります。具体的には、組織開発(※)やアクションラーニング(※)などの手法が用いられます。 ※組織開発 組織の問題について、組織で働く当事者が、自らの手で組織をよりよくしていく取り組み、またはそのために行う支援をさす。 ※アクションラーニング 職場の問題(正解のない問題)に対して、解決策の立案・実行・振り返り(内省)を行うことで学びを深めていく取り組みをさす。 前述のロナルド・ハイフェッツは、適応課題の解決について、リーダーが直接答えを与えるのではなく、適応のための環境を整えることが重要だと説いています。 それに関連づけて、ここでは組織メンバー自身による適応課題の解決を、経営者・リーダーがどのようなスタンスで支援すべきかについて述べたいと思います。 (1)経営者・リーダー自身が変容のモデルとなる 適応課題の解決は、社員に変容を求めるものです。そのためには、まず経営者やリーダー自らが変容のモデルとなることが求められます。経営者・リーダー自身が変わることで社員は「本気で解決しようとしている」ことを実感し、彼らの当事者意識も高まることが期待されます。 (2)「正解志向」ではなく「学習志向」の組織づくり 技術的問題の解決に慣れてしまっている組織は、完璧な答え(正解)を早く出すという「正解志向」の行動が目立ちます。一方、適応課題の解決は、自分たちで試行錯誤しながら答えを模索していく行動が求められます。言い換えると、自ら考え、動くことで、学びを得るという行動を繰り返しながら、一歩ずつ前に進むことで自分たちの答えに辿り着くという「学習志向」を持つことが大切です。 (3)「問いかけ型」のリーダーシップ (2)の、「学習志向」を求める組織づくりのためには、メンバーに「答え」を与えるのではなく、「問い」を通じて自ら考えさせ、気づきと学びを促す「問いかけ型」のリーダーシップが必要です。ここには「何が正しいか」ではなく、「どうすればよいかを一緒に考える」姿勢も含まれます。 「自社の適応課題をしっかり認識し、目を背けずにその解決を図る」。痛みを伴う変化をおそれず、会社にとって真に重要な課題の解決に取り組んでみませんか。 (著者:タンタビーバ パートナー 園田 東白)