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心理的資本

いきいき組織づくりのキーワード 「心理的資本」~不安や弱さを抱えつつ、前に一歩踏み出す~

いきいき組織づくりのキーワード 「心理的資本」(不安や弱さを抱えつつ、前に一歩踏み出す)

キーワードから「いきいき組織づくり」を考えるシリーズ。今回のキーワードは「心理的資本」です。

場面1:上司から挑戦的な課題への取り組みを指示された

経営者・管理者目線でAさんとBさんの言動を比較した場合、ほとんどの人はBさんのような人材を育てたいと思うでしょう。

AさんとBさんの差は、どのように説明できるでしょうか。

いろいろな説明方法があると思いますが、ここでは「心理的資本」の違いの差として説明します。「心理的資本(Psychological Capital)」とは、「働く人が目標を達成したり、困難な状況を乗り越えるために必要な内なるエネルギー・資源」をさします。事例でいえば、Aさんは心理的資本が低く、Bさんは心理的資本が高いと説明できます。

心理的資本(Psychological Capital)

今回は「若手社員の心理的資本の強化」というテーマを掘り下げていきます。

1-2. 心理的資本の構成要素(HEROモデル)

心理的資本の概念的な理解を深めていきましょう。

心理的資本の提唱者であるネブラスカ大学名誉教授フレッド・ルーサンスらは、心理的資本の構成要素として以下の4つを示しています。これら4要素は英語の頭文字をとって「HERO(ヒーロー)」モデルと呼ばれます。

心理的資本の構成要素(HEROモデル)

1-3. 心理的資本の強化の効果

若手社員の心理的資本を強化することで、以下のような効果を期待できます。

心理的資本の強化の効果

2.心理的資本の活用スタンス

心理的資本の強化方法に入る前に、本記事における心理的資本の活用スタンスを述べておきます。

2-1. スーパーHEROを求めない

心理的資本はポジティブ心理学の流れから生まれた概念です。また、心理的資本の強化は、ワーク・エンゲージメントの向上につながることが知られています。

このため、心理的資本の強化の目指す先が、常にポジティブな状態で働く理想的な人材の育成であるように映るかもしれません。HEROの4要素が常に高い状態の人材がいたならば、完全無欠の「スーパーHERO(ヒーロー)」と呼べるかもしれません。

しかしながら、若手を含めた全社員を眺めた場合、そのようなスーパーHERO社員が大勢いるという組織はほんの一握りではないでしょうか。

働いていてネガティブにならない人などほとんどいないでしょう。このため、若手社員の成長のためには心理的資本を強化すべきですが、一方でポジティブを過剰に求めすぎないことも大切です。スーパーHEROを求めるべきではありません。

スーパーHEROを求めない

2-2. ポジティブを過剰に求めるリスク

若手社員にポジティブを過剰に求めるリスクを挙げておきます。

(1)「常にポジティブでいなければならない」という圧力

「常にポジティブでいなければならない」のように、ポジティブ状態を義務のように受け取ってしまうと、かえってストレスが増大し、ネガティブ状態に陥ってしまうおそれがあります。これでは本末転倒ですね。

また、「ポジティブでいなければならない」という圧力が職場全体に蔓延すると、ネガティブなことが言いだしづらい雰囲気となり、心理的安全性を損なうおそれがあります。

(2)現実とのギャップが逆効果を生む

実際の若手社員は、「失敗を恐れる」「自信がない」「打たれ弱い」という人も少なくありません。そこでスーパーHEROの理想像を押しつけられると、現実の自分とのギャップを感じてしまうかもしれません。その結果、自分自身に「ダメな社員だ」というレッテルを貼るようなことがあれば、反対に心理的資本を低下させることになります。

ポジティブを過剰に求めるリスク

2-3. 不安や弱さを乗り越えて、成長・回復する力を育む

ここでの話を踏まえて、本記事では以下のようなスタンスで若手社員の心理的資本の強化を述べたいと思います。

不安や弱さを持ちながらも、そこから回復・成長していける力を育むこと

3.心理的資本の強化の方向性

HEROの4要素を高める方向性を整理します。特に各要素が低い状態(ネガティブな状態)からいかに脱するか、という視点を強調したく思います。

HEROの頭文字の流れでいえば、「希望(Hope)」「自己効力感(Efficacy)」「レジリエンス(Resilience)」「楽観性(Optimism)」の順で説明すべきですが、若手社員が不安・弱さを克服する流れを想定し、「自己効力感」「希望」「楽観性」「レジリエンス」の順に整理します。

3-1. 「自己効力感(Efficacy)」の強化の方向性

最初に「自己効力感(Efficacy)」の強化を整理します。

「自己効力感(Efficacy)」・・・「自分はできる」と信じて、行動を起こすことができる力

自己効力感が低い場合、「自分はできる」と信じることができません。そのことが挑戦できる機会があっても、「失敗したらどうしよう」という不安が生じ、挑戦を回避してしまいます。反対に、自己効力感が高い場合、「自分はできる」と信じて、失敗を恐れず積極的に挑戦することができます。

「自己効力感(Efficacy)」の強化の方向性

自己効力感の提唱者であるカナダ人心理学者アルバート・バンデューラは、自己効力感を向上させる方法として、以下の4つを挙げています。

自己効力感を向上させる方法(アルバート・バンデューラ)

上記の4つのうち、基本となるのは「直接的達成体験(成功体験)」です。若手本人が挑戦的な取り組みの成功体験を積み重ねることで、「実際に自分はやればできることを示してきた」という自信が生まれます。

成功体験がないから挑戦できない(行動を起こせない)のに、成功体験を積むべきと方向づけることに矛盾を感じるかもしれません。

ここでいう成功体験とは、成功のハードルを下げた「小さな成功体験(小さな挑戦)」を意味します。

小さな成功体験(小さな挑戦)

ハードルを下げた小さな成功体験を積み重ねることで自己効力感が徐々に高まり、よりハードルの高い業務へ挑戦できるようになります。

3-2. 「希望(Hope)」の強化の方向性

2番目に、「希望(Hope)」の強化を整理します。

「希望(Hope)」・・・明確な目標を描き、そこに至る道筋を見出しながら、粘り強く進む力

上記の「希望」の定義は、さらに「目標設定」「目標達成プロセス(計画)」「目標達成へのコミット」という3つの要素に分解できます。これを踏まえて、希望が低い状態の人と希望が高い状態の人を比較すると、以下のようになります。

 「希望(Hope)」の強化の方向性

この希望が低い状態への具体的対応を検討します。

(1)「明確な目標を描けていない」への対応

目標を設定していない、あるいは目標を設定しているが解像度が低い場合の対応です。

解像度の高い目標を設定するために役立つフレームが「SMART」です。SMARTは「Specific」「Measurable」「Achievable」「Relevant」「Time-bound」という適切な目標設定の5つの要件を示したものです。それぞれの頭文字をとって「SMART」となります。

S Specific
(具体的)
「何を達成するのか」が具体的に示されていること。Specificの確保で、達成に必要なアクションをとりやすくなる。
M Measurable
(測定可能)
目標が数値化され、「達成/未達成」「どの程度達成できたのか」を測定できること。Measurableの確保で客観的に達成/未達成を評価できる。
A Achievable
(達成可能)
努力すれば手が届く、現実的に達成可能な目標であること。Achievableの確保で、達成に向けた挑戦意欲を喚起しやすくなる。
R Relevant
(関連性)
本人にとって意味のある目標が設定されていること。Relevantの確保で、目標と自身の成長や他者への貢献を関連づけ、意味づけることができる。
T Time-bound
(期限)
「いつまでに達成するのか」という達成期限が設定されていること。Time-boundの確保で、達成への集中力が高まると同時に、取り組みの先延ばしを回避できる。

(2)「目標達成の道筋(プロセス)が曖昧である」への対応

明確な目標を達成したものの、その道筋(達成プロセス)が不明確な場合の対応です。達成プロセスを明確化するのに役立つフレームとして、「GROW」と「WOOP」を紹介します。

 「GROW」の活用
「GROW」は、自発的な行動を促すためにコーチングなどでよく用いられるフレームです。

要素 内容 問いかけ
G Goal(目標) 具体的なゴールを定義する 何を達成したい?
R Reality(現状) 現状や障害を把握する 今どんな状況か?何が課題か?
Resource(資源) 活用できる資源を確認する 使える資源は何?
サポートしてくれるのは誰?
O Options(選択肢) 目標達成の方法を検討する 目標達成のために、どんな方法があるのか?
最も効果的な方法は何か?
W Will(意思) 具体的な行動を検討する いつまでに何をするか?
最初の一歩をどうする?

「希望」を高める視点でいえば、特に「Resource(資源)」「Options(選択肢)」「Will(意思)」の明確化が役立つでしょう。

 「WOOP」の活用
「WOOP」は、書籍『成功するには ポジティブ思考を捨てなさい』(2015年、講談社)などでも知られる、ドイツの心理学者ガブリエル・エッティンゲン教授が提唱するフレームです。以下の4つの要素をセットにすることで、「実行意図」を高め、目標実現率を上げることが研究で示されています。

要素 内容
W Wish(願望) 実現したいことを明確化する
O Outcome(結果) 達成後に得られる最良の結果をイメージする
O Obstacle(障害) 目標達成の障害となるものを洗い出す
P Plan(計画) 目標達成の阻害要因に対して、具体的な行動を計画する
※“IF–THEN”形式→「もし○○なら、△△する」

「希望」を高める視点でいえば、「Outcome(結果)」で目標達成に対するモチベーションを高め、「Obstacle(障害)」「Plan(計画)」で障害への対処を意識させておくことが役立ちます。

(3)「途中で困難に直面し、目標達成を諦める」への対応

目標を設定し、その達成プロセスを明らかにしても、その通りに実行できるとは限りません。むしろ、計画通りには進まず、何らかの困難に直面することのほうが多いのではないでしょうか。

このような状態で、いかに目標達成を諦めず、粘り強くやりきるために、ここでは3つの対応を示しておきます。

「WOOP」の「Obstacle(障害)」「Plan(計画)」の活用
(2)で取り上げた「WOOP」を活用している場合、直面している困難が「Obstacle(障害)」で予見した範囲のものであれば、「Plan(計画)」で計画したとおりの行動を起こすことで、その解決を期待できます。

プランB、プランCの用意
直面している困難が予見した範囲から逸脱する場合には、達成プロセスを大きく軌道修正、あるいは全面的に見直す必要があるかもしれません。

ただし、その困難が顕在化してから、全面見直しを行っても、時間を要すると同時に、気持ちに余裕がなく冷静な立案が難しくなります。そのため、事前に代替案としてプランB、プランCを用意しておくことが望まれます。

プランB、プランCの用意

モチベーションの維持
困難に直面することで、心が折れてしまいモチベーションが維持できない状況も考えられます。

その場合、(1)で取り上げた「SMART」の「Relevant(関連性)」を活用できます。すなわち、あきらめずに目標達成することを自己成長や他者貢献に意味づけることができれば、「ここを乗り切ろう」とモチベーションを維持しやすくなります。

目標達成に対する意味づけ

あるいは「WOOP」の「Outcome(結果)」で明らかにした、目標達成後に得られる最良の結果のイメージを思い出すことも、モチベーション維持に役立ちます。

3-3. 「楽観性(Optimism)」の強化の方向性

3番目に、「楽観性(Optimism)」の強化を整理します。

楽観性(Optimism)・・・未来を前向きに信じる力

(1)セリグマンの「3つのP」

「楽観性(Optimism)」といえば、ポジティブ心理学の創始者の一人であるマーティン・セリグマン教授の「3つのP」がよく知られています。

「3つのP」は困難に直面したとき(嫌なことが起きたとき)の、悲観的な人の説明スタイルを示したものです。楽観的な人の説明スタイルとの対比で示すと、以下のようになります。

悲観的な人 楽観的な人
3つのP 説明スタイル 説明スタイル
Personalization
(個人化)
自分が悪いから、嫌なことが起きた
(例)私には営業のセンスがない
すべて自分が悪いわけではない(非個人化)
(例)今回は条件が合わなかったので、うまく営業できなかった
Pervasiveness
(普遍化)
嫌なことは普遍的なものである
(例)顧客はみんなわがままだ
ときには嫌なことが起こる(特殊化)
(例)顧客のなかにはわがままな人もいる
Permanence
(永続化)
P嫌なことの余波がいつまでも続く
(例)自分はもう立ち直れない
嫌なことは一時的なものである(一次化)
(例)今は落ち込んでいるが、やがて立ち直れる

若手社員が困難に直面したとき、大きなストレスを感じることでしょう。そして、そのストレスをコントロールできず、上記のような悲観的な人の説明スタイルになりがちです。

その場合、悲観的な説明スタイルから楽観的な説明スタイルへのシフトが望まれますが、それより先に、自分の不安定な気持ちを落ち着かせることが不可欠です。冷静になって、はじめて楽観的な説明スタイルを受け止められるようになります。

(2)ネガポジ変換

言葉と思考は密接に関連しています。心の中でネガティブな言葉を呟くと、思考もネガティブになります。反対に、心の中でポジティブな言葉を呟くと、思考もポジティブになりやすくなります。

そのため、心の中でネガティブな言葉を呟いたとき、それをポジティブな言葉に変換すること(=ネガポジ変換)ができれば、思考回路もネガティブの方向からポジティブな方向に持っていきやすくなります。

ネガポジ変換の具体例

(1)で述べた悲観的な説明スタイルから楽観的な説明スタイルへのシフトも、ネガポジ変換の1つと説明できます。

「楽観性」の強化は、「悲観的になることを一切なくし、あらゆる場面で楽観的になれ」と言っているわけではありません。時には悲観的になることも必要です。「経営の神様」と称された稲盛和夫氏も、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という名言を残しています。

3-4. 「レジリエンス(Resilience)」の強化の方向性

最後に、「レジリエンス(Resilience)」の強化を整理します。

レジリエンス(Resilience)・・・逆境や失敗から立ち直り、成長の糧にできる力

上記の「レジリエンス」の定義は、「逆境や失敗から立ち直る力」と「失敗を成長の糧にできる力」の2つに分解することができます。

(1)逆境や失敗から立ち直る

逆境や失敗を経験したとき、落ち込むことは人であれば当然のことです。レジリエンスの低い人は、その落ち込みを長く引きずってしまいます。一方、レジリエンスの高い人は、より早く気持ちを立て直すことができます。

他のHERO要素の活用
この気持ちの立て直しに役立つのが、他のHEROの要素(自己効力感、希望、楽観性)です。

他のHERO要素の活用

コントロールできない状況を受け入れる(達観する)
逆境や困難のなかには、どう考えても理不尽な事態や自分の努力ではいかんともしがたい状況(=自分でコントロールできないこと)も含まれます。自分でコントロールできないことをいくら思い悩んでも、状況が変わることはありません。こうした場面を乗り切るためには、「まあ、そんなこともあるよね」と状況を受け入れ、達観することも必要です。

セリグマンが示した楽観的な人の説明スタイルのうち、「すべて自分が悪いわけではない(非個人化)」も同じような視点です。

コントロールできない状況を受け入れる(達観する)

周囲に相談する
特に若手社員の場合、自分だけで気持ちの立て直しを図ることが難しいこともあるかもしれません。その場合、上司・先輩・同期など頼れる人に相談することが望まれます。

周囲に相談する

(2)失敗を成長の糧にする

失敗を成長の糧にするためには、失敗した出来事を再評価し(振り返り)、「同じ失敗を繰り返さないために、どうすべきか」を教訓化する必要があります。

失敗を成長の糧にする

ただし、若手社員が自分だけで失敗経験を適切に振り返ることは難しいかもしれません。そこで上司が定期的に面談の場を設け、対話しながら若手と一緒に経験を振り返り、本人の学びを支援することが大切です。

4.心理的資本を高めるマネジメント

3で心理的資本の4つの要素の強化方向を示しましたが、これを若手本人の自己成長任せにしてはいけません。心理的資本を高めやすい組織文化の醸成や上司・先輩による適切なサポートが求められます。

4-1. 心理的安全性の確保

メンバーが何でも安心して話すことができ、自分らしくいられる職場の雰囲気である「心理的安全性」の確保は、心理的資本の強化の土台となります。

心理的安全性が高い職場では、失敗を許容する文化(※)、挑戦しやすい文化が育まれていると考えられます。これを踏まえて、心理的安全性の確保と心理的資本の強化の関連を示すと、以下のとおりです。
※失敗を許容する文化
この場合、許容する「失敗」とは、挑戦を伴う失敗、ベストを尽くした失敗をさす。無責任や怠慢による失敗を無条件に容認するものではない。

心理的安全性の確保

4-2. 学び・成長を重視する職場づくり

心理的資本は、質の高い業務経験の蓄積で強化される側面があります。そのため、上司が若手社員にどのような仕事を付与するのか、業務遂行中にどのようにサポートするのかに大きく左右されます。そのベースとなるのが学び・成長を重視する職場づくりです。

学び・成長を重視する職場づくり

世の中には、業績(成果)重視でメンバーの学び・成長をあまり意識していない職場も数多く存在しており、学び・成長を重視する職場をつくることは案外難しいものです。

学び・成長を重視する職場を本気でつくるためには、「業績(成果)を上げることで、メンバーが学び・成長する」のではなく、「メンバーが学び・成長することで、業績(成果)が上がる」というスタンスでマネジメントを行う覚悟が必要かもしれません。

4-3. 対話とフィードバックを重視する職場づくり

若手社員の場合、社会人としての経験の浅く、物の見方の狭さが心理的資本の向上の妨げとなることがあります。そこで、職場メンバーと対話していろいろな物の見方があることを知ったり、上司・先輩から客観的視点からのフィードバックをもらうことが役立ちます。

また、若手社員を「不安・弱さを抱えている存在」と捉えるならば、褒める、認めるなどのポジティブフィードバックが不可欠です。

対話とフィードバックを重視する職場づくり

若手社員の心理的資本の強化は、「不安や弱さを抱える存在」を出発点とすることで、育成のみならず、ストレスへの対処力の向上、離職防止にも役立ちます。だからこそ、心理的資本の強化を本人任せにするのではなく、組織として支援することが大切です。あなたの会社も若手社員の心理的資本の強化に取り組んでみませんか。

(著者:タンタビーバ パートナー 園田 東白)

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