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ダイバーシティ

ダイバーシティ×いきいき(4)~「異」と出会い、成長するために

いきいき組織づくりに資する「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進」をテーマにした4回シリーズ。最終回は、D&Iを実現するために必要な互いに尊重し合える組織づくりについて述べたいと思います。

1‐1.金子みすゞ「みんなちがって、みんないい。」

最初に、金子みすゞ(大正中期~昭和初期に活躍した詩人)の代表的な詩を紹介したいと思います。
「ダイバーシティ」をテーマにコラムを書くことを決めた際、真っ先に頭に浮かんだのがこの詩でした。

私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

それぞれ違っていることが素晴らしい、違いをよしと肯定する。
個を尊重し合うことの大切さをこの詩の中に見出すことができると思います。

1‐2.「みんなちがって、みんないい。」の続きは何?

その一方で、ダイバーシティ経営の視点で考えた場合、「みんなちがって、みんないい。」という人材の多様性と個の尊重で完結できない面があります。

人材の多様化が進むほど、自分とは異なる価値観・意見・考え方を持つメンバーが組織内に多くなります。こうした状況下ではメンバー同士のコンフリクト(対立・論争・衝突)も生じやすくなります。

コンフリクトの発生自体は決して悪いものではありません。しかしながら、それが悪い方向に進んでしまうと、①互いに否定・批判し合う、②互いを無視して各人が自分勝手に動く、③コンフリクトを気にして自分の考えを言わない、といった事態を招きます。これではインクルージョンを実現しません。

こういった事態を避け、異なる価値観・意見・考え方を尊重し合えるためにどうすれば良いのか。言い換えると、「異」との出会いを個人や組織の成長につなげるという視点です。

インクルージョン

2.異なる価値観を持つ他者から学ぶ

異なる価値観を持つ他者と尊重し合うためには、「他者とは、自分にとってどのような存在なのか」を理解することが大切です。

これに関連して、マルティン・ブーバーとエマニュエル・レヴィナスという二人の哲学者の思想を紹介したいと思います。

2-1. マルティン・ブーバー~「対話の哲学」

オーストラリア出身のマルティン・ブーバー(1878-1965年)の思想は、その主書『我と汝』(1923年)と共に「対話の哲学」と位置づけられます。

ブーバーは「我-それ」「我-汝」という2つの人間関係を示しました。2つの人間関係の違いは、自分が相手と対話するとき、相手を「それ」という自分がコントロールできる道具的存在と認識するか、「汝」という自分がコントロールできない未知の存在として認識するかという点です。

人は初めて会った相手と対話するときは、自ずと「我-汝」関係となりますが、少しずつ相手のことを知ると「我-それ」関係を志向するようになります。「我-それ」関係は、自分と相手の間で築かれる世界を固定化することと言い換えることができます。

ブーバーの思想で重要な点は、「それ」や「汝」と出会うことは、「我」と出会うことであるという点です。言い換えれば、相手と対話するとき、「我-それ」と「我-汝」のどちらを志向するかで我(自分)のあり方が変わってくると説明できます。

相手を「それ」と認識している限り、世界は固定化されており、そうした関係で相手と対話しても自分が変わることはありません。一方、相手を未知の「汝」として認識し、対話することで、自分も今までとは異なる自分と出会える可能性があります(新たな世界が開かれる)。

これをD&Iに当てはめれば、組織に「我-汝」関係で互いに対話する風土が根付くことで、組織の多様性が高まるほど、より多くの対話による学びが生まれる組織を作りやすくなると説明できます。

一方で、先入観なしに多様な個と向き合うことは難しいものです。私たちは物事をステレオタイプ的に認識したり、相手を勝手にラベリングし、「それ」という道具的存在で認識することが少なくありません。

いかに「我-汝」関係で相手と向き合うか、インクルージョン推進における課題の1つかもしれません。

いかに「我-汝」関係で相手と向き合うか

2-2. エマニュエル・レヴィナス~「他者の哲学」

フランス人哲学者エマニュエル・レヴィナス(1906-1995年)は、主著『全体性と無限』(1961年)をはじめ「他者論」で知られています。

レヴィナスが云うところの「他者」とは、「自分とは異なる存在」であり、そこには、自分の思い通りにならない、よく分からないといったニュアンスが含まれます。他者は、「私」が自己完結のエゴイストとなることから救い出す(絶対に絡め取られることがない)「無限の可能性」でもあります。そうした他者の持つ他者性をレヴィナスは「顔」と表現しました。

そして、『全体性と無限』というタイトルにもあるように、レヴィナスは全体性を超越する無限の存在として「他者」を位置づけています。全体性とは、一つの価値観や全体主義のことをさします。全体主義とは、個人よりも集団を優先する思想です。その人自身に自覚がなくても、知らぬ間に自己が集団の価値観に飲み込まれ、主体性を失っていることがあります。レヴィナスが全体主義に注目したのは、第二次世界大戦中ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺を強く意識したためです。

D&Iは多様な個の能力発揮を重視する取り組みです。それを踏まえると、個人よりも集団を優先する全体性はD&Iの対極にあるものです。たとえば、自分を押し殺して、周囲に同調する行為が美徳されるような風土は、全体性の弊害です。このような風土が残る組織では、多様な個が存在してもそれらが全体性に絡め取られてしまいます。

こうした全体性に陥らないために「他者の顔」の存在が必要となります。自分には理解できない、異なる価値観を有する他者との出会いが、自分のみでは絶対に獲得できない気づき・学びを獲得する契機となります。

今日のVUCA時代において、企業は従来の「わが社の常識」(固定化された価値観)をリセットするアンラーニングが求められるケースも多くなっています。こうした「わが社の常識」を打ち破るためには、意図して「他者の顔」と出会うこと、すなわち、組織の常識(全体性)に囚われない、多様な価値観を有する個の声に耳を傾けることが重要となります。

このように考えれば、VUCA時代において組織の健全性を持続するために、「他者の顔」としての多様な個の存在を意識することの大切さをご理解いただけるのではないでしょうか。

意図して「他社の顔」と出会うことでアンラーニングしやすくなる

3.異文化感受性発達モデル

「異」と出会ったとき、私たちはどのように向き合えば良いのか。この問いに対するヒントを与えてくれるのが、アメリカのコミュニケーション学者でミラノ・ビコッカ大学兼任教授、元ポートランド州立大学教授のミルトン・ベネット博士が提唱した「異文化感受性発達モデル」(Developmental Model of Intercultural Sensitivity:DMIS)です。

3-1.書籍『異文化コミュニケーション・トレーニング – 「異」と共に成長する』

「異文化感受性発達モデル」については、山本志都, 石黒武人, Milton Bennett,岡部大祐 著『異文化コミュニケーション・トレーニング – 「異」と共に成長する』(2022年、三修社)に詳しく説明されています。ポートランド州立大学でベネット博士に学んだ山本志都 東海大学文学部英語文化コミュニケーション学科教授やベネット博士本人らによって書かれた同書は、異文化コミュニケーションについての理論と実践(エクササイズ)がバランス良く体系的に整理された良書です。

異文化コミュニケーションと聞いて、国籍の異なる人とのコミュニケーションをイメージする人が多いかもしれません。しかしながら、同書は国籍の違いに限定されない、より多様な「異」との出会いを想定した内容となっており、D&Iを推進するためのヒントが数多く詰まっています。

個人的なことを少し述べれば、冒頭に紹介した金子みすゞ「みんなちがって、みんないい。」のフレーズが同書の帯に書かれているのを見た瞬間に、「これこそ私が求めている本だ」と直観しました。

3-2.「異文化感受性発達モデル」の概要

書籍『異文化コミュニケーション・トレーニング』に基づき、「異文化感受性発達モデル(DMIS)」を整理します。

同書では、「『異』を知覚する構造、および、その構造での知覚による『異』に対しての解釈・意味づけが、単純な状態から複雑な状態へと発達していく過程を表したのがDMISであるとする」と述べられています。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P258)

また、「私たちが『異』と自らの世界との関係をどのように調整しているかを示し、その調整方法が洗練化されていく過程を6つの段階的な発達として説明しているのがDMISである」とも説明しています。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P258)

DMISは以下のように、発達過程を「否認-防衛-最小化-受容-適応-統合」の6つの局面に区切り、その連続体のモデルとして示されています。「6段階」ではなく「6局面」と訳しているのは、発達過程を区切るのではなく、変化していく連続体としての意味合いを強調するためです。

異文化感受性発達モデル

3-3.自文化中心主義とエスノリラティヒズム

3-2の異文化感受性発達モデルの図でも示しているように、6つの局面は、大きく「自文化中心主義」(Ethnocentrism)と「エスノリラティヒズム」(Ethnorelativism)という態度に大別されます。

「自文化中心主義」とは、自分の立場や状況(コンテクスト)を世界の中心において、その基準で判断する態度をさします。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P34)

一方、「エスノリラティヒズム」は自文化中心主義の対概念として、ベネット博士が作った造語です。現実を組織化(※)する方法には、自分のもの以外に数多くの実現可能な選択肢があり、自分の信念や行動というのはそのうちの1つでしかないと考える態度をさします。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P35)
※組織化
ここでいう組織化とは、「整理して秩序立て、構造化して組み立てる」の意味

従来は自文化中心主義の対概念として、「文化相対主義」(Cultural Relativism)が用いられていました。文化相対主義とは、それぞれの文化が独自の価値観や基準で成り立つがゆえに、どの文化も、外部の基準から優劣を比較ことのできない、対等な存在と考える見方や態度のことです。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P35)

エスノリラティヒズムは文化相対主義にとどまらない、構成主義(※)のパラダイムにまで及んだ概念です。
※構成主義(constructivism)
存在論・認識論の1つ。人はいつでも何かを囲い込んでカテゴリーをつくりながら自らの知覚する世界を成立させている。「人はいつも何かを構成している」のであり、このように世界を認識する立場を「構成主義」と呼ぶ。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P83)

3-4.異文化感受性発達の6つの局面

異文化感受性発達モデルの6つの各局面について、簡単に説明しておきます。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P260-261を要約)

3-4 異文化感受性発達の6つの局面 異文化感受性発達モデルの6つの各局面について、簡単に説明しておきます。(『異文化コミュニケーション・トレーニング』P260-261を要約)

各局面から次の局面へ移行するための具体的な方法論やエクササイズについては、書籍『異文化コミュニケーション・トレーニング』に詳説されていますので、ご興味がある方はご参照ください。

まずは自文化中心主義とエスノリラティヒズムという2つの態度と、異文化感受性発達の6つの局面を知ることで、「異」との出会いを通した成長をイメージしやすくなるのではないかと思われます。

4.異を尊重するコミュニケーション

異文化感受性発達モデルが示すように、「異」と出会い、成長するためには、自分を世界の中心におき、その基準で判断する態度から脱する必要があります。そのために有効と思われる能力・態度として、「エンパシー」「エポケー」に触れたいと思います。

4-1.エンパシー

他者の視点で世界を想像する能力が「エンパシー」です。

「エンパシー」についてのベストセラーとして知られるのが、ブレイディみかこさんの著作『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(2021年、文藝春秋)です。

同書において、エンパシーは「他者を他者としてそのまま知ろうとすること。自分とは違うもの、自分には受け入れられない性質のものでも、他者として存在を認め、その人のことを想像してみること」と説明され、さらに端的に「他者の靴を履く(To put yourself in someone’s shoes)」という表現で示してくれました。

さらに同書で興味深いのは、単に「エンパシー」で終わらず、「アナーキック・エンパシー」を推奨している点です。「アナーキック(anarchic)」は、無政府状態,無秩序,無法を意味する「アナーキー(anarchy)」の形容詞表現であり、かなり過激な印象を受けるかもしれません。同書でブレイディみかこさんは、大正期日本のアナキスト金子文子の言葉から、アナーキックを「わたしはわたし自身を生きる」と説明しています。

ここで「アナ-キック(わたし自身を生きる)」と「エンパシー(他者の靴を履く)」という2つの言葉の間に大きなギャップがあると感じる方もいるかもしれません。

しかしながら、「2.異なる価値観を持つ他者から学ぶ」で述べたブーバーの「対話の哲学」や、レヴィナスの「他者の哲学」を思い出してもらえば、「アナ-キック」と「エンパシー」は表裏一体であることが理解できるはずです。他者の靴を履くことは、自分とは違う視点を獲得することにつながります。それによって、自分の知らなかった世界が開かれ、わたしらしさをより豊かなものにできるというのが、「アナーキック・エンパシー」が意味するところだと思います。

このように「アナーキック・エンパシー」の考え方を知ることは、「エンパシー」の積極的な活用によるインクルージョン推進に寄与するものです。

4-2.エポケー

現象学の祖であるオーストリアの哲学者エトムント・フッサールが用いたことで知られる概念です。もともとは「停止、中止、中断」を意味するギリシア語です。

フッサールは、自分にとって「あまりにも自明に思える」ことが、人によっては「必ずしも自明ではない」という観点から、自分にとって自明に思える判断(=自然的態度)を一度留保する態度である「エポケー」の重要性を説きました。

自分にとって自明を思えることを捨て去るのではなく、経過措置として一旦カッコに入れるというのがポイントです。経過措置として自然的態度をカッコ入れすることで、他者の価値観・考えを受容しやすくなります。

エポケー

3で述べた異文化感受性発達モデルにおいて、自文化中心主義からエスノリラティヒズムへシフトするためには、エポケーにより先入観なしに他者の考えを聴くことが求められます。

前述の書籍『異文化コミュニケーション・トレーニング』では、「エポケーで無限承認リスニング」「エポケー対話」といったエポケーを身につけるためのエクササイズが紹介されています。

以上、4回シリーズでいきいき組織づくりに資する「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」について述べました。中小企業の中には「うちにはダイバーシティ経営は関係ない」と思う方もいるかもしれません。しかしながら、「企業=多様な個の集まり」と考えれば、あらゆる企業にダイバーシティ経営は適用できます。D&Iをテコに良き組織風土の醸成に挑戦してみてはいかがでしょうか。

(著者:タンタビーバ パートナー 園田 東白)

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