経営改革 2026.1.21 いきいき組織紹介~株式会社陣屋様改革を成し遂げた老舗旅館に学ぶ【3】旅館DXをはじめとする改革の進め方 #クラウド型CRM #サービス改革 #デジタル化 #意識改革 #旅館DX 第1回はこちら 第2回はこちら 旅館DX、週休3日制などで注目される老舗旅館 陣屋様の“いきいき”を紹介する4回シリーズ。第3回では、デジタル化(旅館DX)をはじめとする陣屋の改革を掘り下げたいと思います。 〈インタビューへのご協力〉 株式会社陣屋 代表取締役 女将 宮崎 知子さん 株式会社陣屋 予約・フロント主任 本田 有希子さん 株式会社陣屋 接客主任 紺野 愛子さん 目次1.陣屋の旅館DX(陣屋コネクト)の概要2.改革に求められる経営者の覚悟(1)デジタル化をはじめ、すべての改革が同時進行(2)何かを変えるために必要な初動パワー3.料理(献立)の見直しと旅館DX(1)「ザ・旅館の食事」を変えたかった(2)献立ストックの増加、顧客台帳のDX化の同時進行(3)作りがいのあるものを作って料理のレベルを上げる(4)システムを使えば料理長の電卓がいらなくなる(5)DXは未来の自分を救う道具である(6)自分たちが目指す姿を実現するためのDX化4.セールスフォースからの評価がもたらした効果5.陣屋コネクトのモデル施設としての陣屋(1)スタッフ全員が瞬時に同じ情報を共有(2)陣屋コネクトのモデル施設としての陣屋 1.陣屋の旅館DX(陣屋コネクト)の概要 陣屋といえば、旅館DXのトップランナー。第1回でも述べたように、旅館業に特化したクラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」を自社開発し、存続の危機を乗り越えました。 陣屋コネクトを用いることで、予約、接客、調理場、清掃・設備管理、勤怠管理、会計・経理、経営・マーケティングといった旅館業の全業務を一元管理・運用することができます。 これによって業務の自動化・効率化、情報共有の高度化が進み、そのことが第2回で述べたようなお客さま満足度の高いおもてなしの提供を可能としました。 陣屋コネクトを導入・活用することで、接客スタッフは単純作業から解放され、お客さまとの会話や接点づくりに専念できます。情報が蓄積されるストック型の顧客台帳を活用することで、安定的に気遣いのあるサービスを提供し、リアルタイムでお客さまの状況をスタッフ全員で共有することで、チームプレーでのおもてなしが可能となります。また記載ミス、情報伝達ミスなどもなくなります。部門の枠を超えた情報共有で組織の一体感も醸成しやすくなります。 このように陣屋コネクトというシステムの土台のうえに、高付加価値のサービス提供が実現可能となります。 2012年には株式会社陣屋コネクトを設立し、他のホテル・旅館への「陣屋コネクト」の提供を開始しました。2024年時点で全国約600の施設が「陣屋コネクト」を導入しています。 2.改革に求められる経営者の覚悟 旅館DXなど改革を推進する経営者の覚悟について宮崎さんが語ってくれました。 (1)デジタル化をはじめ、すべての改革が同時進行 「もともとは事業を継続するために、今までのやり方では通用しないので、何か変えなくてはいけないとデジタル化に着手しました。ただし、デジタルはあくまで手段なので、まず『自分たちがどういう旅館になりたいのか』というゴールを定めました。そのゴールを目指すためには、仕事のやり方(サービスや料理)を見直す必要が生じ、さらに組織や働き方も変えなくてはいけなくなった。すべてが同時進行でした」(宮崎さん) (2)何かを変えるために必要な初動パワー 「何か新しいことを始めるときには、初動にものすごいパワーが必要ですね。腰を上げなきゃいけない。そこが億劫になっていると、なかなか変えられない。従業員の立場で考えた場合、『それを変えたからといって、給料が上がるわけじゃない』というところが、経営者にとっては悩ましいところです。言い方が露骨かもしれませんが『手近な餌がない』のです」 (宮崎さん) 「改革の成功体験もすぐに感じられるものではないですし、そこを耐える忍耐力が経営者に求められますが、とても難しいですね。改革をやる側(経営者)は、それをやらないと生き残れない、背に腹は代えられないところまで切羽詰まっているので、『やるしかない』という思いです。その悲壮感が従業員に伝わるか、従業員と共有できるかが重要です」(宮崎さん) 「平たく言うと、従業員は気に入らなければやめられる(※)んです。「やめる権利」があるんです。一方、経営者はやめられないんです。やめたらもう終わりなんです。そこの必死さの違いはあるかもしれないですね。そこを共有できる人材をどうやって獲得・育成していくのかというのが、経営者の永遠の課題だと思います。その意味では、改革に共感してもらえる人たちを巻き込んで、先頭を走ってもらう方法がよいと思います」(宮崎さん) ※ここの「やめる」は「止める」「辞める」の両方の意味が込められていると思われる 3.料理(献立)の見直しと旅館DX 陣屋の改革の一端として、ここでは料理(献立)の見直しを取り上げたいと思います。前述のように、献立を見直すのみならず、デジタル化(旅館DX)や従業員の意識改革なども同時進行で進められました。 (1)「ザ・旅館の食事」を変えたかった 料理(献立)の見直しにも取り組んだ意図を宮崎さんに説明してもらいました。 「お客さまが席ついた時には料理が全部並んでいて、火をつけるだけみたいな『ザ・旅館の食事』を変えたかったんです。料亭と同じように一品一品サービスするような食事に変えることで付加価値を高めたいと考えていました」(宮崎さん) 献立を見直す第一歩として、社長(現オーナー)と女将の宮崎さんは料理長にこんな依頼をしました。 「当時の『ザ・旅館の食事』のような献立は、調理場にとっても必ずしも作りたい料理じゃなかったと思うんです。そこで当時の調理長に対して、『使いたい食材を使って作りたい料理を作ってみてください。原価は問いません』という取り組みを試しにやってもらいました。その結果、『これ一体いくらで売るの』と言いたくなるような原価の高い料理を作ってきたのですが、『こういう超高級食材を使ってみたかったんだな』ということはよくわかりました」(宮崎さん) そこから実際の献立とするための修正を行います。 「ただし、高い食材すべてを採用することはできない。なので、高級食材は絞ってもらい、残りは『高級食材ではないが、料理人の腕がないと食べられない逸品を作ってください』とお願いしました。かなりの無理難題を言ったと思いますが。あとは、どうしても量で勝負みたいな形になってしまうので、女性のお客さまを意識して、『この量は要らないのでポーションをもっと小さくして、その分品数を増やしてください』とお願いしました」(宮崎さん) このようなやりとりから、作りたいものを作り、原価に落とし込んで一回作り直し、もう一回ブラッシュアップするという3回の試食会を経て新しい献立をリリースする取り組みを毎月やってもらい、それを3年半繰り返したそうです。 「そうすると料理がどんどん変わっていき、それが評判となって、リピートのサイクルが宿泊のお客さまよりも早いレストランのお客さまにリピートが出るようになりました」(宮崎さん) (2)献立ストックの増加、顧客台帳のDX化の同時進行 お客さまの料理に対する満足度を上げるためには、献立ストックを増やすことも必要です。 「毎月献立を変えていくことは、献立ストックを増やすためにも必要でした。たとえば、お客さまが1ヶ月以内のスパンでリピートに来たのに、同じ料理を出すのは恥ずかしいことだと思います。ただし、当時の調理場には『それって恥ずかしいですか?』のような反応もあったので、『有名な料亭さんですと、接待などで週2回、3回行ったとても、毎回献立が違うそうですよ。うちもそうなるべきです』『献立も1つではなくて、第1案、第2案、第3案も必要ですよね』のように説得していました。そのあたりのマインドを調理場に持ってほしいというのがありました」(宮崎さん) また、柔軟な料理の提供を行うためには、ストック型の顧客台帳も不可欠でした。 「献立を柔軟に変えていくために、顧客台帳にそのお客さまの履歴が残っていないと対応できません。そのためにはDX化によるストック型顧客台帳の整備が不可欠でした。だから献立の見直しとDX化は同時進行でした」(宮崎さん) (3)作りがいのあるものを作って料理のレベルを上げる 献立の見直しを行う際、「調理場が作りたいものを作る」アプローチ以外に、「お客さまが食べたいものを作る」アプローチもあったと思います。「調理場が作りたいものを作る」アプローチを選択した理由を、宮崎さんに説明してもらいました。 「『お客さまが食べたいものを作る』といっても、当時はお客さまの好みのストックがないので、まず作りたいものを作って、お客さまの反応に合わせて改善していけばいいと思っていました。まずは作りたいもの、作りがいのあるものを作ってもらう。自分たちの料理のレベルを上げないといけないので、そこを突破するための新しい献立を考えてもらうようにしました」(宮崎さん) 「仮に『この原価で作ってください』のように、原価を先に提示して依頼していたら、料理の質が下がっていたのではないかと思います。自分たちが作りたいもの、作りがいのあるものを作るからこそ、お客さまの評価が気になり、より良くしたいという思いが芽生えてきます。お客さまが全部食べてくださったかどうか気になり、洗い場に確認するスタッフもいました」(宮崎さん) 調理場が作りがいのあるものを作った上で、原価への落とし込みを行うという順番がとても重要でした。 (4)システムを使えば料理長の電卓がいらなくなる 一方で、当時の調理場は原価コントロールに対する意識が甘い部分もあったので、その意識づけを促しました・ 「お客さまが喜ぶものを作ることは大切ですが、原価を無視していいというわけではないので、『この料理は原価率○○%までかけてもいいけど、基本ラインとなるものは○○%以内で作ってください』のように、料理によって原価率を変えても、平均値を確保できれば良しとしました」(宮崎さん) 同時に、原価計算を効率化させるためにもシステム(陣屋コネクト)が役立つことを訴えていたそうです。 「当時は、1個1個の毎日の調理数を集計するのも大変で、料理長が電卓で1個1個の原価を計算していました。そこで『料理長が電卓叩いて計算していくのは大変でしょう。だからシステムが必要なんです。システムならば瞬時に原価率の平均値を算出できる。料理長の電卓がいらなくなる日が来るんです』と説得していました」(宮崎さん) 陣屋コネクトを使用している現在では、一瞬で調理場に関わる計数を把握でき、適切な仕入・在庫管理、原価管理などに役立てています。 「料理と予約が全部紐づいているので、その画面開けば今日はaの懐石が何名、bの懐石が何名、昼が何名、夜が何名という集計がポンと出てきます。それを期間設定すれば、今日の時点で1か月分の予約がこれだけ入っていますとか、1週間分の予約がこのくらいなので、どこで追加の仕入れをすべきかというのも把握ができるので、調理場がとても楽になったと思います」 (宮崎さん) (5)DXは未来の自分を救う道具である 料理が変わり、リピートが増えてくることは、接客スタッフおよび調理場スタッフに成功体験をもたらすと同時に、DXの効果を実感させることにもなりました。 「接客スタッフも最初の頃は、社長(現オーナー)や女将からやるように言われたので、文句を言いながら顧客台帳システムに、お客さまの好み、アレルギーなどを入力していましたが、リピートが増えることで、お客さまの情報を顧客台帳にストックしておく大切さを実感できるわけです。このお客さまは●●が好みである、このお客さまはアレルギーがある、このお客さまは左利きであるといった情報がすぐに確認できる。紙の台帳のように見返すことが難しいことはない。ここに至って、旅館DXや顧客台帳システムについて、『こういうことを社長(現オーナー)と女将はやりたかったのね』『これは未来の自分を救う道具である』ということを実感してもらえました」(宮崎さん) 「こうして少しずつ歯車が動き出し、顧客台帳システムの情報を活用することで、より満足度の高いサービスを提供することで、さらにお客さまに褒めていただける。そのことがモチベーションとなり、より積極的かつ詳細にお客さまの情報を顧客台帳へ入力するようにうなる、という好循環が生まれました」(宮崎さん) (6)自分たちが目指す姿を実現するためのDX化 陣屋のDX化は、少しずつDX化の領域を増やしたり、レベルアップしていくようなステップアップ型のアプローチではなく、すべての業務のデジタル化を一気に推し進めるドラスティックなDX化でした。 「私たちの場合、1つずつ積み上げていくDX化ではなく、自分たちが目指す姿を実現するために、すべてアナログで運転していたものをデジタル化していくというDX化でした。そのため、調理場スタッフも接客スタッフもDX化の先に何があるのか当初は見えていなかったと思うんです。それがうまく回りはじめると、『ここまでやれば(DXを活用してサービスすれば)お客さまが褒めてくださる』のような成功体験となり、DXの効果を実感してもらえるようになりました」(宮崎さん) 4.セールスフォースからの評価がもたらした効果 陣屋による旅館DXは、システムの基盤となるクラウド型CRMを提供するセールスフォースからも注目を集めました。セールスフォースからの評価がもたらした効果について、宮崎さんが語ってくれました。 「第三者に褒めてもらうことが、すごく重要だなと思っています。2011年秋にセールスフォースさんが、私たちの事例をYouTubeに上げてくれました。動画を作成してもらった当初はそんなに重要なものだという認識はありませんでしたが、知らない間に全世界に発信されていました」(宮崎さん) 「その動画の評価がとても高く、セールスフォースさんたちも『ウチの仕組みがこんな日本的な中小企業で使えるんだ』という気づきになったようです。その結果、その動画制作チームはアメリカ本社からも評価され、アメリカに招待され、VIPのご褒美をもらったらしいんです。そうなったときにセールスフォース・ジャパンに当時勤務していた人たちが続々と陣屋に遊びに来てくれたんです」(宮崎さん) 「そうすると、宿泊のお部屋を案内したスタッフが帰ってこないなと思っていたら、セールスフォースの方からインタビュー取材のようになっていました。すると従業員たちも『社長(現オーナー)や女将に言われたからやっていたけれども、こんなに喜んでもらえることだったのか』と気づいたようです。その後もテレビ取材が入り、テレビで放映されることで『どうやら私たちは世間で褒められることをやっているらしい』という認識となりました」(宮崎さん) 「同時に『私たち、ちゃんとやらなきゃ』という気持ちも芽生えてきたみたいです。『取材してもらったんだから、もっとお客さまに喜んでもらわなければいけない。そのためには自分たちの技術をもっと向上させなければいけない』のように、従業員の意識が確実に上がりました。人に褒めていただくことが、こんなに効果があるんだなと実感しました。私たちが『やってください』と言う100倍ぐらい効果があるかもしれません」(宮崎さん) 5.陣屋コネクトのモデル施設としての陣屋 前述のように、クラウド型旅館管理システム「陣屋コネクト」は600を超える施設に導入され、現在も機能をアップデートしながら、その実績を拡大させています。 最後に、従業員の視点から陣屋コネクトについて語ってもらいました。 (1)スタッフ全員が瞬時に同じ情報を共有 本田さんは、スタッフ全員が瞬時に同じ情報を共有できる効果を強調します。 「前職(ホテル勤務)のときは、お客さまの情報を自分でノートに書き留めて、口頭で他の接客スタッフメや調理スタッフに伝えていましたが、陣屋に入社したら、それをみんなが同じ画面で見ている。お客さまのアレルギー情報を入力すれば、私が口頭で言わなくても、スタッフ全員が瞬時に同じものを見られることに感動しました」(本田さん) 「1つの情報をみんなで効率的に共有できる。なので、他の施設と比較して、陣屋の接客スタッフはお客さまとより長く一緒に居られ、お話しする時間も長くなります。その結果、お客さまに覚えてもらえる確率が高くなり、リピートでご来館いただいたときに『前回も本田さんだったわ』と言っていただける。その喜びを感じています」(本田さん) (2)陣屋コネクトのモデル施設としての陣屋 陣屋は陣屋コネクトのモデル施設としても機能しています。陣屋コネクトの導入を検討している他施設の方が見学に訪れ、システムの機能をアップデートする際には、まず陣屋で試験導入し、改善点を修正しながら使い勝手を向上させています。 モデル施設としての陣屋コネクトの使用について、紺野さんが説明してくれました。 「陣屋コネクトでシステムの機能をアップデートさせると、陣屋でまず導入して、実際に使いながら、現場から要望や改善点を出して、それを聞いたエンジニアの方がシステムを修正していくという流れになっています。アップデートの当初は使い勝手で大変な面もあるのですが、モデル施設として私たち現場スタッフも『システム(陣屋コネクト)を使いながら育てている』という感覚があるし、自分たちがより良いサービスを提供するためのアップデートや改善なので、前向きに取り組むことができています」(紺野さん) 以上、第3回では陣屋コネクトを用いた旅館DX化と、それと同時進行で断行された献立の見直し等の改革について紹介しました。どのように改革に着手すればよいのかというヒントがあったのではないでしょうか。第4回では、「旅館を憧れの職業に」というコンセプトおよび陣屋が実践する幸せな働き方について掘り下げます。 第4回に続く