人とビジネスのいきいきをデザインする

エンゲージメント

エンゲージメント×いきいき(1)~企業と従業員の相思相愛関係

企業と従業員の関係性を示すキーワードとして「エンゲージメント」が注目されています。一方で、その理解が曖昧なまま、「エンゲージメント」というワードが独り歩きしている印象も受けます。3回シリーズで、「人とビジネスのいきいき」の視点から「エンゲージメント」を掘り下げたいと思います。

1-1.婚約を意味する「エンゲージメント」

「エンゲージ」という言葉を聞いて多くの人がイメージするのは、「エンゲージリング(婚約指輪)」ではないでしょうか。英語の「engagement」には「婚約」の意味が含まれます。これをビジネスにおける企業と従業員の関係に適用したのが、「エンゲージメント」という概念です。婚約関係のような企業と従業員の相思相愛を意味するものです。

1-2.従業員エンゲージメントとワーク・エンゲージメント

ただし、ビジネスにおいて「エンゲージメント」という言葉を用いる場合、「従業員エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」という2つの概念を区別しておくことが大切です。

「従業員エンゲージメント(Employee engagement)」とは、1-1で述べたような企業と従業員の相思相愛を示すものです。もう少し具体的に述べると、「企業が従業員との相互理解を深めつつ、働きがいや働きやすさの向上に努め、それに共感した従業員がパフォーマンス発揮で企業に貢献する」という好循環をさします。あるいは、こうした好循環のなかで形成される従業員の貢献意欲をさす場合もあります。

本コラムでは、単に「エンゲージメント」と表記する場合、「従業員エンゲージメント」のことを意味します。

一方、「ワーク・エンゲージメント(Work engagement)」の概念は、「ポジティブメンタルヘルス」分野から提唱された概念であり、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態をさします。日本におけるワーク・エンゲージメント研究の第一人者である島津 明人 慶應義塾大学総合政策学部教授によれば、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義されます。

「ワーク・エンゲージメント」の概念は、「ワーカホリズム(強迫的に働く状態)」、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」、「職務満足感」と比較すると、イメージしやすくなります。

(出所)島津 明人 著『職場のポジティブメンタルヘルス』(誠信書房、2015年)

このように、「従業員エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」は異なる概念ですが、どちらも「エンゲージメント」という省略した表現で用いられるため、受信者が混同しやすいのも事実です。情報の発信者が両者の違いが曖昧なまま「エンゲージメント」という語を用いているケースも多く見受けられます。発信者が区別できていないのですから、受信者が混同するのは当然でしょう。

ただし、両者はまったく異なる概念というわけでもなく、「従業員エンゲージメント」に「ワーク・エンゲージメント」が包含されるという解釈もあります。本コラムでもこのスタンスで両者の関係を捉えます。

2.なぜ今、「エンゲージメント」なのか

2-1.「日本のエンゲージメントは最下位クラス」の衝撃

なぜ今、「エンゲージメント」が注目されるのでしょうか。

「エンゲージメント」という言葉が大きくクローズアップされるきっかけとなったのが、2017年5月26日の日本経済新聞です。「『熱意ある社員』6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査」という見出しで、日本のエンゲージメントの低さを示す記事が掲載されました。

記事内容は、「米国ギャロップ(Gallup)社が世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査によると、日本は『熱意あふれる社員』の割合が6%しかないことが分かった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった」というものです。さらに記事には「かつて『会社人間』と言われた日本の会社員は勤務先への帰属意識を徐々に無くしてきた。それでも仕事への熱意がなぜここまで低下したのか」という問題が提起されています。

この記事により、「日本企業=エンゲージメントが低い」という認識が多くの人に刷り込まれたのではないかと思います。

2-2.人的資本経営とエンゲージメント

上場企業では、「人的資本経営」の強化が待ったなしの状態です。人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、その価値向上に努める経営です。2020年5月には人的資本経営のガイドラインと呼べる『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)』が、経済産業省から公表されました。さらに2022年5月には『人材版伊藤レポート2.0』が公表されています。また、人的資本の情報開示についても議論されており、早ければ2023年度から上場企業に開示が義務付けられる見込みです。

人的資本経営のガイドラインと呼べる『人材版伊藤レポート』には、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素が示されています。その5つの共通要素の1つとして、「従業員エンゲージメント」が位置づけられ、「エンゲージメント」は上場企業にとって必須の課題となりつつあります。

(出所)経済産業省『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)』(2020年5月)

人材戦略において「従業員エンゲージメント」が重視される背景の1つに、労働市場の流動化の高まりがあります。終身雇用や年功制が崩壊しつつあり、優秀な人材ほど社外により良い機会を求める傾向が強まりつつあります。こうしたなかで、優秀な従業員の社外流出を防ぐ手段として、「従業員エンゲージメント」の重要度が高まっています。

『人材版伊藤レポート』では、従業員エンゲージメントについて、「『会社が目指す方向性や姿を物差し』として、それらについての自分自身の理解度、共感度、そして行動意欲を評価するのがエンゲージメントである」と説明しています。

2-3.エンゲージメントの今日的意義

「人材の社外流出防止」以外にも、企業が「従業員エンゲージメント」に取り組む意義はあります。

(1)労働生産性とエンゲージメント
わが国では、労働力人口の減少を背景に、労働生産性の向上を目指す「働き方改革」の推進が強く求められています。労働生産性を高める1つの方向性が、従業員一人ひとりのパフォーマンス向上です。そうしたなかで、従業員がパフォーマンスを最大限発揮するための土台として、「従業員エンゲージメントの向上」が位置づけられています。エンゲージメントの向上が企業業績にプラスに寄与する等の研究成果もあります。

(2)リモートワーク増加が生んだ諸問題とエンゲージメント
新型コロナウイルス感染症の影響で、多くの企業でリモートワークが導入され、非対面コミュニケーションが急速に増加しました。非対面コミュニケーションの増加(対面コミュニケーションの減少)に伴い、従業員モチベーション低下や、企業と従業員のつながり低下といった問題が生じました。こうした課題を解決する手段として、従業員エンゲージメントへの関心が高まっています。

2-4.中小企業にとってのエンゲージメント~中小企業のメリットを生かす!

ここまで読んで、「エンゲージメントは大企業にとっての課題であって、中小企業には関係ない」と思われた方もいるかもしれません。

しかしながら、組織規模が小さく、経営者と従業員の距離が近い中小企業こそ、大企業以上にエンゲージメント向上に取り組みやすいのではないでしょうか。組織規模が小さいからこそ、相互理解や価値の共有を図りやすいという中小企業ならではのメリットを生かすことができるからです。従業員を「大切な存在」と思う経営者の愛情に、企業規模は関係ありません。

エンゲージメントという概念を意識しているか否かは別として、エンゲージメント的なアプローチで企業と従業員の絆を深めている中小企業の成功事例も数多くあります。大きな愛情を原動力に経営者がリーダーシップを発揮し、従業員と相思相愛の関係性を構築することで「人と組織のいきいき」を実現しています。

3.エンゲージメントと類似概念との違い

エンゲージメントについての理解をもう少し深めましょう。「エンゲージメント」と類似する概念として、「従業員満足度」、「従業員ロイヤルティ」、「組織コミットメント」があります。これらの概念と比較することで、「エンゲージメント」概念の特徴がより明確になると思います。

3-1.「従業員満足度」との違い

従業員満足度とは、企業、職場環境、上司、仕事などについて、従業員自身がどの程度満足しているかを測定するものです。

従業員満足度は、従業員から企業への一方向の納得感であり、満足度が上がったからといって、それが企業への貢献意欲の確保につながるとは限りません。それに対して、エンゲージメントは企業と従業員の双方向の関係性を示すものであり、エンゲージメントの向上は、従業員の内発的・自発的な貢献意欲の確保につながります。

3-2.「従業員ロイヤルティ」との違い

従業員ロイヤルティとは、従業員の企業に対する忠誠度を示す概念です。ロイヤルティの高い従業員は、企業に対する忠誠心に基づき貢献します。

しかしながら、そこには従業員本人の意思に関わらず、企業の意向に従うようなケースも含まれているかもしれません。ワンマン社長による軍隊式組織の企業をイメージするとわかりやすいでしょう。その内容に関わらず社長への絶対服従が強制されるような組織です。こうした主従関係に基づく忠誠をエンゲージメントとは呼びません。企業と従業員の対等な関係性から生じる貢献意欲こそがエンゲージメントです。

3-3.「組織コミットメント」との違い

「組織コミットメント」とは、従業員の企業に対する帰属意識を示す概念です。組織コミットメントの高い状態は、「この会社に帰属していたい」という思いが強いことを意味します。人によっては、エンゲージメントを「愛社精神」と捉え、「組織コミットメントと同義である」と解釈するケースがあります。

組織コミットメントの研究に基づけば、組織コミットメントには3つの要素があります。

①情緒的コミットメント・・・「この会社が好きだから一員でいたい」
組織への一体感や組織への愛着、仲間との関係の良さに基づくコミットメント
②功利的コミットメント(存続的コミットメント)・・・「今辞めると損だから、この会社に居たい」
退職に伴う損失という経済的打算に基づくコミットメント
③規範的コミットメント・・・「勤め先をコロコロ変えることは良くない」
勤め先は簡単に変えるべきではない、という価値観・規範に基づくコミットメント
※会社への義理・恩義、退職に対する罪悪感を含む

上記のうち、「①情緒的コミットメント」が高い人は、「この会社が好き」という思いが、内発的・自発的な貢献意欲の確保(エンゲージメントの向上)に結びつきやすくなります。この限りにおいて、組織コミットメントとエンゲージメントの親和性は高いといえるでしょう。一方、打算に基づく「②功利的コミットメント」や、受け身のスタンスの「③規範的コミットメント」の場合、エンゲージメントとは距離感のある概念であるといえます。

整理すると、「エンゲージメント≒組織コミットメント」のように解釈する場合、「情緒的コミットメント」のみをさしているのではないでしょうか。しかしながら、組織コミットメントには「功利的コミットメント」、「規範的コミットメント」も含まれる点に留意すべきでしょう。

整理すると、類似概念との比較から、エンゲージメントの以下の特徴が浮かび上がってきます。

●エンゲージメントとは、企業と従業員の双方向の関係性であり、従業員の貢献意欲は内発的・自発的に生じる(従業員から企業への一方向の納得感ではない)
●エンゲージメントとは、企業と従業員の対等な関係性から生じる貢献意欲である(主従関係から生じるものではない)
●「情緒的コミットメント」が高い人は、「この会社が好き」という思いが、エンゲージメント向上に結びつきやすい(「功利的コミットメント」、「規範的コミットメント」ではエンゲージメント向上に結びつきづらい)

第1回では、「エンゲージメント」の概念を整理しながら、「人と組織のいきいき」との関連を確認しました。第2回では、「いかにしてエンゲージメントを向上させるか」を検討します。

(著者:タンタビーバ パートナー 園田 東白)

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