人とビジネスのいきいきをデザインする

パーパス経営

パーパス×いきいき(2)~パーパスの本質

「人とビジネスのいきいき」の視点から「パーパス」を整理する3回シリーズ。第2回は、パーパスを「共感を生むもの」として捉え、その本質に迫りたいと思います。

1-1 パーパスへの「共感」がいきいきを生む

第1回「3.経営理念体系とパーパス」でミッション、ビジョン、バリューとパーパスの関係について述べました。近年、経営理念を見直し、新たにパーパスを制定する企業が増えているのは、既存のミッション、ビジョン、バリュー等では得られないものを期待しているからだと思います。それはステークホルダーからの「共感」です。

従来、ミッション、ビジョン、バリューといった経営理念は、(主に組織内で)「共有する」という表現を用いることが多かったのではないかと思います。従業員目線でいえば、そこには「やるべきもの」のニュアンスが込められていました。

一方、パーパスの場合、従業員を含むステークホルダーの「共感を生む」ことが制定のベースになっている企業が多いと思います。従業員目線でいえば、パーパスは「やってみたいもの」であるからこそ共感できます。

第1回で「中小企業において、経営理念が従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割以下である」と述べましたが、こういった状況を打破する方法の一つに、従業員の共感を生むパーパスの制定があります。パーパスへの「共感」が、従業員のいきいきを生みだします。

1-2 「共感」に基づくボトムアップ型の組織運営

第1回でも述べたように、これからのVUCA時代にはトップダウン型の意思決定のみでは限界があり、各従業員の主体的・自律的行動に基づくボトムアップ型の意思決定が必要となります。

パーパスへの共感が高まれば、従業員にとってパーパスが羅針盤かつ原動力となり、ボトムアップ型の組織運営を行いやすくなります。

例えば、ICT企業の都築電気株式会社は、2022年6月に「人と知と技術で、可能性に満ちた“余白”を、ともに。」というパーパスを制定しました。そのプレスリリースには、パーパス制定の背景が以下のように述べられています。

  • 当社は5月1日に創業90周年を迎えました。昨今の社会情勢により将来予測が難しさを増すなか、100周年、さらにその先の未来に向かって飛躍するための共通言語を定める必要があると考えました。
    私たちの価値とあり方を言語化し、成長・自己変革の「旗印」や一貫性を高めるための「判断軸」、他者との共感を生み出す「接点」とすることで、ツヅキグループ一丸となり社会に価値を提供していきたいという想いから、パーパス制定に至りました。

同プレスリリースには、パーパス制定のプロセスにおいて、従業員アンケートやワークショップを実施し、従業員の想いをパーパスに凝縮したことも記載されています。

出所https://www.tsuzuki.co.jp/news/2022/20220624_001350.html

都築電気の場合、「共感」に基づくボトムアップ型の組織運営ということが明示されているわけではありませんが、パーパス制定の背景や制定プロセスをみると、こういった意図も含まれているのではないかと推察します。

2.「志」としてのパーパス

2-1 「パーパス=志」、「パーパス経営=志本経営」

名和 高司 一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授は、書籍『パーパス経営: 30年先の視点から現在を捉える』(2021年、東洋経済新報社)で、「パーパス=志」、「パーパス経営=志本経営」であると述べています。

パーパスを「志」、ミッションを「使命」という日本語で表現し、両者のニュアンスの違いを比較すると、パーパスの本質が見えてくるのではないでしょうか

2-2 パーパスの「利他性」と「内発性」

このように「志」という言葉で考えると、パーパスには内発的なものというニュアンスが含まれるのではないでしょうか。これをパーパスの「内発性」と呼ぶことにしましょう。

また、第1回でも述べたように、パーパスは「社会をより良くしたい」という社会貢献に重きを置くものです。こうしたパーパスの性格を「利他性」と呼ぶことにしましょう。

1-1でパーパスは「共感を生むもの」と述べましたが、「社会をより良くしたい」(利他性)という健全な動機に基づく大きな志(内発性)だからこそ、従業員を含むステークホルダーの共感が生まれやすいと考えると、腹落ちしやすいのではないでしょうか。

パーパスの「利他性」は、掲げられたパーパスの言葉を読めば、理解できるものです。一方、パーパスの「内発性」は、パーパスの言葉を読んだのみでは伝わってきません。そこでパーパスを掲げる企業は、自社サイトのパーパス紹介ページ等に、パーパスに込めた思いを記載し、その熱き志を伝えようしているケースが多く見られます。

例えば、独自の発酵技術で未利用資源を再生・循環させる社会を構築する研究開発型スタートアップの株式会社ファーメンステーションは、「Fermenting a Renewable Society(発酵で楽しい社会を!)」というパーパスを掲げています。社名のファーメンステーションとは、発酵(fermentation)と駅(station)を掛け合わせた造語です。同社サイトのパーパス紹介ページには、同社の原点、社名に込めた思い、パーパスの紹介、パーパスにある「Fermenting」 「Renewable」「Society」という3つの言葉に込めた思いが、1つのストーリーを読んでいるかのように記載されており、その志が魅力的に伝わってきます。

出所https://fermenstation.co.jp/purpose/

2-3 プロソーシャル・モチベーションと内発的動機

2-2で述べた、パーパスの「利他性」と「内発性」が共感を生むという考え方は、従業員の動機づけの観点からも、その妥当性を説明できます。

近年の経営理論関連書籍の決定版と呼べるベストセラー『世界標準の経営理論』(入山 章栄 著、2019年、ダイヤモンド社)には、組織心理学者であり、ペンシルバニア大学ウォートンスクール教授のアダム・グラントの動機づけに関する論文が紹介されています。具体的には、「プロソーシャル・モチベーション(PSM)と内発的動機がともに高いレベルにあると、互いが補完し合って、その人の高いパフォーマンスにつながる」と述べられています。

※「内発的動機づけ」
純粋に「楽しみたい」「やりたい」といった、内面から湧き上がるモチベーションのこと。報酬や評価、罰則や懲罰といった、外部からの働きかけによるモチベーションである「外発的動機づけ」と対比される。

※「プロソーシャル・モチベーション(PSM)」
「他者視点のモチベーション」であり、プロソーシャル・モチベーション(PSM)が高い人は、他人の視点に立ち、他人に貢献することにモチベーションを見出す。

わかりやすく言い換えれば、「他者へ貢献することが、自らのやりがいにつながっている」状態をさします。仏教用語でいう「自利利他」(自利と利他を区別せずに両者が一体となって成就する)の状態に近いかもしれません。

この「他者へ貢献することが、自らのやりがいにつながっている」状態は、パーパスの「内発性」と「利他性」に符合するものです。特に企業の将来を担うミレニアル世代・Z世代の人材は、第1回でも述べたように、社会問題への関心が高く、自分に合った価値観への共感を大切にしています。したがって、魅力的なパーパスを掲げることで、プロソーシャル・モチベーション(PSM)と内発的動機をともに高い状態にすることが、従業員のやりがい(=いきいき)を生み、高いパフォーマンスにつながります。

3.そのパーパス(志)は本心か?

3-1 パーパス・ウォッシュとならないように

パーパス制定で留意すべきことは、「パーパス・ウォッシュ」とならないようにすることです。

「パーパス・ウォッシュ」とは、「グリーン・ウォッシュ」から派生した言葉であり、パーパスを掲げているものの、実体が伴っていない見せかけだけの状態をさすものです。

※「グリーン・ウォッシュ」

エコなイメージさせる「グリーン」と、うわべを飾る、ごまかすという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語であり、環境配慮を掲げているものの、実体が伴っていない見せかけだけの状態をさす。

パーパスに限らず、実体を伴わない「偽り」の経営理念を掲げている企業が存在することも事実です。この場合の「偽り」とは、本気でやる気がないのに耳障りのいい言葉を並べることや、掲げた経営理念の実現に向けた努力を怠ること等をさします。

パーパスを掲げ、パーパス経営を標榜しようとする企業は、まず「そのパーパス(志)は本心か?」、「『パーパス < 利益』とならないか」と自問自答すべきでしょう。本心なく安易にパーパスを掲げることは、企業にとってマイナスであり、偽りのパーパスは世間に見透かされてしまいます。利益を優先するあまり、掲げたパーパスを簡単に犠牲にするような企業は、ステークホルダーから大きなしっぺ返しを受けるかもしれません。

3-2 渋沢栄一の「士魂商才」

パーパス経営においては、「パーパス(志)」と「利益」をトレード・オフの関係で捉えるのではなく、両者を一体のもので捉えることが必要です。

日本の近代資本主義の父、渋沢栄一は論語(社会性)と算盤(経済性)は対立するものではなく、一致するものと説きました。私の好きな言い回しで表現すれば、論語(社会性)と算盤(経済性)は「二項対立」ではなく「二項同体」で扱うべきものとなります。

※「二項同体」
一見相反する物事でも俯瞰すれば実は一体的なものとする見方。明治期に活躍した浄土真宗僧侶である清沢満之(きよさわ まんし)が提唱した概念

「論語と算盤の一致」と並び渋沢栄一の基本思想を象徴する言葉が「士魂商才」です。実業家は武士の精神と商人の才能を併せ持つことが必要であることを説いたものです。

「道徳上の書物と商才とは何の関係がないようであるけれども、その商才というものも、もともと道徳を以て根底としたものであって、道徳と離れた不道徳、欺瞞(ぎまん)、浮華(ふか)、軽佻(けいちょう)の商才は、いわゆる小才子(こざいし)、小利口(こりこう)であって、決して真の商才ではない」
(出所)渋沢 栄一 著『論語と算盤』(角川ソフィア文庫)

「『パーパス < 利益』とならないか」と自問自答するときには、「論語と算盤の一致」、「士魂商才」を思い出してみましょう。

3-3 動機善なりや、私心なかりしか

「志」に基づく経営といえば、先日惜しくも逝去された稲盛和夫氏の「フィロソフィ」に基づく経営を想起される方も多いでしょう。

稲盛氏が残した数々の名言は、パーパス経営のヒントとなるものばかりですが、ここでは2つご紹介したいと思います。

(1)「動機善なりや、私心なかりしか」
この言葉は、1984年に第二電電(現KDDI)を設立したとき、稲盛氏が自問自答した言葉として有名です。

DDI(第二電電)は、1984年に日本の電気通信事業が自由化され、新規参入の機会が訪れたときに、京セラを中心として設立された会社です。その新規参入に際して、私利私欲からではなく、正しい動機に基づくものかを、「動機善なりや、私心なかりしか」と自分に厳しく問い続けたそうです。そして、「新しい通信会社をつくって長距離電話料金が安くなれば、国民のためになる」という思いに嘘偽りはないと確信し、新規参入の決断に至りました。

これをパーパス制定に適用すれば、「パーパスを掲げる動機は利他なりや、利己なかりしか」といったところでしょうか。

(2)「利他の帆、他力の風」
利他という心で帆を揚げておけば必ず他力の風を受けられる、という言葉です。

「人が自分一人で成し遂げられることはとても小さいものかもしれないが、周囲の人の力を借りる(=他力の風を受ける)ことができれば、大きなことを達成できる。風を受けるためには自分の帆を張る必要があるが、それが利己的な心の帆であれば、穴だらけの帆で風を受け止めることができない。利他の心の帆だからこそ他力の風をたくさん受けることができる」という主旨の言葉です。

これをパーパス制定に適用すれば、「他力の風を受けることで、『社会をより良くしたい』という大きな志(パーパス)を実現できる。そのためには利他の帆を掲げる必要がある」ということになります。

第2回では、「共感」、「志」、「内発性」、「利他性」といったキーワードや、先人の言葉を手掛かりにパーパスの本質に迫りました。パーパス制定には、本心からの志、正しい動機が求められます。第3回はパーパス経営の実践を考えたいと思います。

(著者:タンタビーバ パートナー 園田 東白)

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